2008年6月22日

篠田節子「弥勒」 感想


篠田節子「弥勒」を読みました。

文庫でp652とその分厚さに敬遠してしまいそうですが、通勤の電車やカフェでのお茶のお供にとちょこちょことした時間を利用して読みきることができました。というか、それくらい細切れで読まないと打ちのめされてしまいそうな・・・そんな壮絶な小説でした。

弥勒 (講談社文庫)
4062732785 篠田 節子

講談社 2001-10
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おすすめ平均star
star軽く読み流さずに、どっしり構えてしっかり読みたい
starモデルは文化大革命ですね
star現実に行われていることがモデルなんですよ

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あらすじ
新聞社で文化事業に携わる永岡は、ある日、妻の髪飾りにヒマラヤの小国であるパスキムの仏像の装飾の一部が使われていることに気づく。
門外不出のはずのパスキム仏教美術品がなぜ?
パスキム国内で起きたクーデターにより、国交は断絶、街そのものが芸術ともいえる首都カターも破壊されていると知った永岡は、単身国境を越えてパスキムに潜入する。 そこで目にしたのは廃墟と化した街、そして虐殺された僧侶の死体の山だった。

国王さえも見ることが許されない弥勒像を、無人となった寺院から持ち出そうとした彼も、道中で捕らえられ、捕虜としての壮絶な生活が始まった。

・・・

 文化大革命やカンボジアのポル・ポト統治を思わせる展開なのですが、クーデターの目的と理想、そしてそれが崩壊する様をいち捕虜の目線から描いていて、本当に架空の国のことなの? と疑ってしまうほどリアルに感じられます。

 理想郷が地獄絵図へと変わりゆく様、そして永岡自身の変化が印象深いです。 かつて訪れたカターの美に惹かれ、破壊されるまえに美術品を持ち出したいという思いだった彼は、カターの美や豊かさは、その他の村や少数民族の貧しさや差別の上に成り立っていたこと、日本での美しい妻との結婚生活では得られなかった深い愛を知ります。

一度は別れた弥勒像と再会した時、彼は・・・・。

クーデター後、搾取・差別の象徴として宗教が否定されますが、信仰とは、救いとは何かと考えさせられます。

 永岡は非常に語学が堪能で、英語でのコミュニケーションに始まり、次第にパスキム後も自在に操るようになるのですが・・・語学って大事ね・・と思います(しみじみ)。

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